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ブログポータルサイト「ナムジャイ.CC」 › タイで楽しむVWとVESPA生活

2009年10月28日

カオサン通りへ

 久しぶりの3連休。バンコクに行ってみることにした。数年ぶりにバックパッカー気分を味わうためだ。
 すっかり埃をかぶってしまっているバックパックを引っ張り出し、これまた防湿箱に眠っているニコンFM3Aを引っ張り出して荷造りをする。気分は何だか盛り上がる。無感情気味の近頃と切り離してみようと思う。
 会社をいつもよりも早めに切り上げ、ヒッチハイク気分で会社の前を通りすがった先輩の車に便乗してバンコクに向かった。
 トンローで車を降り、昔乗り慣れた2番のバスに乗っかりカオサン通りに向かった。今の僕ではコテコテの日本人宿はあの独特の空気に馴染めそうもないので、カオサンを外れた通称お寺通りと呼ばれている通りにて小奇麗な宿を探すこととする。
 結局は引き返すのが面倒なので一番奥のハッピーハウスという白人パッカーがのんびりしている宿に宿泊することとした。エアコン付シングルで370Bだったと思う。部屋はダブルベッドで完全にいっぱいになってしまうほどの小ささだ。最近よく思う。あればいいがなくてもいいのでは。良ければ良いが、悪くても悪くないのでは。必要最小限でも十分なのではと、貧乏性の僕はそう思う。
 昔の気分を思い出し、もう深夜になったカオサンを歩いてみる。昔と同じく同じようなものを売るお店がいっぱいだ。日本から来たばかりの頃は何もかもが新鮮でお祭りのような記憶が残っている。
 ゴーゴーバーにも行ってみる。昔のようにコーラだけでねばってみた。何だかつまらなかった。どうやらタイが異国が日常になってしまっているらしい。どこか新しい場所へ行ってみたくなった。年末はまたバックパックを背負って新しい国に行ってみようと思う。何か新しい気持ちに出会える気がするから。
 『ここではないどこかへ。』どこかで聞いたことのあるフレーズが妙に思い出される。


(渋滞。どこに行く気もなくなる。やっぱ田舎がいいな~)


)(不要な物は売って、必要な人が買う。それっていい事だと思う)


(久しぶりに食べた10Bラーメン。やっぱりおいしかった。ちなみにシェイクは25B)  

Posted by VW66 at 08:52Comments(5)TrackBack(0)アジア放浪

2009年09月27日

マラソン(マラトン?)

 思い起こせば1年前の10月。カメ吉さんの勧めでマラソンを開始したのだった。これでも昔は、町の駅伝大会や校内マラソンとかで数々の優勝をもぎ取っていたはず。それに加えて数年前のアフガン行きのために1年間もくもくと筋トレやロードワークに汗を流していた僕なのだ。今ではもうすっかりなまってしまっているが、昔取った杵柄とばかりにマラソンを始めたのだった。
 しかしやはり数年間全く運動をしてこなかったせいか、たったの100mで息があがる。はじめて3キロ走った時は熱が出てしまった。しかし我慢に我慢を重ねて1週間に1回程度近くのブンタールア公園の1周3キロコースで練習を始めたのだった。
 ①バンコクマラソン 初めてのマラソン大会は11月にバンコクで行われるバンコクマラソンだった。マラソンをはじめて1か月。己の力量を試すべく10.5キロコースへと参加することにした。この大会にはS氏も参加し、S氏のペースに合わせて最後に抜きさるという作戦のもとスタートしたのだったが、あっさり5キロの地点で置いてきぼりをくらってしまった。その後は前半のハイペースがたたって足がへし折れそうになりながらも何とかゴール(もちろん最後は観客がいっぱいるので無理してラストスパート!)。時間は目標の1時間をきった58分。自分で自分をほめてあげたいな~。

 ②パタヤマラソン 2回目のマラソン大会は7月に行われたパタヤマラソンだった。本当は1月のコンケンマラソンに参加する予定だったのだが、直前に事故ってしまいムチウチとなってしまったのだ。
 歓楽街パタヤなのだが、前日は20時に就寝しレースに備えるのである。タイのマラソンスタート時間は早く、朝5時とかなのである。日が昇る前に決着をつけないと命にかかわるからなのだろう。という訳でスタートとなったのだが、今回は調子に乗ってハーフマラソンに初参加である。全くの未知の世界。練習でも10キロしか走ったことがなかったので、全く展開の予想がつかない。という訳で最初の10キロは適当に走ろうと思っていたのだけれど、実際にスタートすると何の因果かはりきってしまう。。てっきり軽いアップダウンがあるだけだろうと考えていたが、後半は急勾配の坂が連続して立ちはだかり、しかもその後に仕事明けのゴーゴーガールが多数応援するウォーキングストリートをつっきりゴールに向かうのである。これまた何の因果か調子にのってスピードを上げて走ってしまうのである。そのせいか、その直後にガス欠になったかのような脱力感とともに足があがらなくなってしまった。心肺機能はランナーズハイというのだろうかまだまだいける気がしているのだが、それに反して足がついてこない。何とかそのままゴールしたのだが、時間は2時間40秒と、もう少しのところで2時間切きを達成できなかった。スタート前は2時間15分を予定していたのでかなりの善戦である。それにしても疲れた。10キロは心肺機能との戦いだが、ハーフとなると完全に足腰や体力との戦いなのである。

 ③カンチャナブリーマラソン 全く参加する予定がなかったたのだが、数日前になって突然参加することになった。最初は10キロを適当に走ろうと企んでいたのだけれど、S氏の『ハーフのコースの方が景色がきれいだよ~』の一言でハーフになってしまったのである。しかし全くハーフマラソン用の準備をしていないのでそれが気がかりである。その後にコースを下見すると、見事に山道コースということが判明。前半はほとんど上り、後半は同じ道を戻ってくるだけ。おまけにハーフのコースでも10キロコースでも景色はただのジャングルが見えるだけなのだった。。
 今回も日が明ける前にスタートし、バンコクマラソンの汚名を晴らすべく、再度S氏のスリップストリームに入りながら、最後は抜き去る作戦を実施したのだが、今回も10キロ地点で置いてきぼりをくらってしまったである。後半は下りでサバーイサバーイで走るつもりが、今回も足がへし折れそうになりながらヒーヒーいいながらのゴールである。これでは全く昨年のバンコクマラソンと同じ展開ではないか。。しかしタイムの方は2時間30分はかかったたかなと思っていたが、なんと結果1時間58分。結果的に2時間を切ったのだが、後半は完全な負け試合。更なる精進が必要である。やっぱりハーフマラソンは緻密な作戦と準備が必要なのである。

 今年の残りの計画はコラートマラソンとバンコクマラソン、それにアンコールワットマラソンだ~。あ~疲れた。


(戦場に架ける橋でポーズをとる少年。そんな強い心が欲しい)


(サンクラブリーまで遠出した。湖の上で生活。一日ぼーっとしたいなぁ)


(参加を企むアンコールワットマラソン。以前旅をしてる時に偶然遭遇した記憶がある。)


(アンコールワットマラソンに花を添えるコンパニオン達。)


(偶然遭遇した有森裕子さん。なんと同郷なのだ)  

Posted by VW66 at 14:44Comments(1)TrackBack(0)マラソン

2009年09月08日

べスパのオーバーホール

 タイに来て間もない頃に購入したべスパスプリントベローチェ。はじめは完熟マンゴーのようなショッキングイエロー→ゴキブリのような自家塗装真っ黒スプリント→なるべくシンプルにアイボリーと変身してきた。その都度バラバラにして組み立てていたのだけど、ついにそのエンジン自体が逝ってしまった。田舎に位置するコラートにはべスパを専門に修理してくれる店がないので(一応2箇所修理できるところがあるけど怪しい)、バンコクまで持っていくしかない。完全には焼きついていないピストンにオイルを塗りたくり、混合オイルを2倍に増量して、だましだましバンコクまでの300キロの道のりを行くことにした。朝5時にコラートを出発し、バンコク中心部・中華街のべスパ屋に辿り着いたのはもう9時を回っていた。このべスパ屋はこのべスパを購入した店なので、べスパにとっては生まれ故郷に戻っていたようなものだろうか。
 エンジンのオーバーホールである。何日もかかるのが普通だと思う。だけど強引に今日中に直してもらうことにした。果たして本当に直るのであろうか。
 まず2人掛かりでエンジンを下ろし分解するのであるが、これが早い早い。エンジンを下ろすのに5分、バラバラにするのに10分ほどの超人技。べスパ関連の本に書いているように真鍮ハンマーを使うだとか、専用プーラーを使うだとか、熱膨張がどうのとか関係なく、鉄のハンマーでゴンゴン叩きながら、分解した部品を無造作にポイポーイとほう投げていくのである。一応部品は灯油で全て洗浄し、使える部品と使えない部品とを分ける。ピストンはガリガリにキズまみれになっているので交換。シリンダーはボーリングして再利用。コンロッド・1速ギア・クラッチは消耗いているので新品に交換。そしてついでにインドキャブレターをデロルトのイタリアンキャブレターに交換。ベアリング・オイルシール・ガスケット・ブッシュ等を全て交換し、組み立てである。これも得意のハンマーを多様して力技の連続。しかしこの力技に反して、エンジンを車体に組み付けキック一発にて見事に復活。その後微調整と足周りのメンテナンスを行い終了。結局夕方7時過ぎまでかかってしまった。
 修理代は約1万バーツ。キャブ・クラッチ・ギアの部品代が高いので結構高くなってしまったが、なぜか工賃はたったの450バーツ。朝出して夕方仕上がりのクリーニングばりの早技に加え、1500円にも満たない工賃。さすがタイランドなのである。


(エンジンの出来上がりを待つべスパ。でかい風防はサムロー用)


(手当たり次第にバラす。一番使う工具はハンマー?)


(ガリガリ君のピストン。よくバンコクまで辿り着いたね)


(まっ黒のクランク。中から変なワッシャーが出てきた。何の部品だ?)


(最低限の工具だけで1人で組み立てる。この兄ちゃんはすごい)  

Posted by VW66 at 14:15Comments(36)TrackBack(0)バイク

2009年06月08日

ペッチャブーンの温泉

 年末のタイ北部温泉旅行にはまってしまった僕は、次なる温泉を目指してタイ中部に位置するペッチャブーン県に向かった。タイの温泉を紹介した超マニアック紀行本「秘湯温泉タイだも~ん!!」(高橋さん著)の最後部に掲載されているタイ全国温泉分布一覧表を眺めていると、コラートから一番近い温泉がペッチャブーンという事になる。この本によるとタイ全土で現在確認されている温泉は119箇所にのぼるという。しかし毎日暑いこの国では暑いお湯につかるという発想が乏しく、温泉は沸いているが入浴する施設がないというパターンが多いという。日本では冷泉でも沸かして入浴できるようにしてしまうが、ここタイではほったらかしで利用されていない。入浴できるできないという事は最大のポイントだが、前記の温泉分布一覧表には入浴できる温泉の場所も記載されているのでとても便利なのだ。
 さて前書きが長くなったが、そういうわけで一番近くて入浴できるというペッチャブーンに向かったのである。事前にタイ語のインターネットで検索してベッチャブーンに温泉施設があるのは確認済みである。今回の旅の友もやはり愛車のロッタオ(43歳)である。近くにキャンプのできるというナムナーオ国立公園があるというのでキャンプセットも積み込み、各種点検・調整を済まして朝6:30に出発した。
 ひたすらまっすぐな田舎道を地図とにらめっこしながら3時間弱でペッチャブーン県に入った。しばらく国道を北に向かい走っていると左手にタイ語で手書きのドデカい温泉の看板が現れ、それに従い左折してボコボコの落とし穴かと見間違う道を数百メートル進むと左手に中途半端に整ったリゾートのような建物と、そのすぐ向かいに一見ただの民家のような温泉施設が見えてきた。
 リゾート風の建物はボーリングによって温泉を引き上げた人口的な温泉施設である。もう片方は自然に沸いてきた温泉である。僕はもちろんこっちである。入り口でコンドルのような視線を投げつけてくるおばさんに圧倒されながら中に恐る恐る入っていくと、右手に源泉をためた井戸のようなものと、左手にソフト嫌な感じのする土管のようなものとコンクリートの浴槽が並んでいて、明らかに近所のおばさんと思われる老婆が10人ほどそれに漬かっている。日本から来たばかりの人がこれを見ると引き帰えしてしまうかもしれない。 
 入浴料は土管20B、コンクリート浴槽は40Bで、タオル・ショートパンツ付きある。お兄ちゃんがホースで50℃程度の源泉と源泉をさました冷泉とをミックスしてどばどばと浴槽に入れてくる。更衣室は一応あるのだが、後ろから丸見え+隙間だらけなのであまり意味はない。湯質は無臭で、軽くぬるっとした感じでとても入りやすい。お兄ちゃんは温泉の水だよ、体にいいよとナミナミ注がれた水を勧めてくる。一気にカブ飲みしたけどたぶん大腸菌とかで汚染されているだろうな。。尚ここでは宿泊もできるというが敢えて誰も泊まらないだろうことは想像に難くない。尚ここは日本人や白人も結構訪れる割と有名な温泉という証言だった。
 そして次なる温泉を目指し、ペッチャブーン市内に向かった。ここは大雑把な場所しか把握していないので、おそらく見つからないだろうと思っていた。しかしその近くまでいくと、バーンナームローンという看板を発見した。強引に日本語にするとお湯村。何の意味もなくこんな意味深な名前を村の名前にはしないだろうと、その村を目指して車を走らせた。そしてその村に到着し小さな商店で温泉の場所を聞くと、何とすぐそこに2箇所あるという。1つ目はいわゆるリゾート。ここはもう1件の源泉からお湯を引いているスパを売りにするリゾートである。2つの大きな浴槽とサウナがあるのだが、1人では大きすぎるし、お湯がたまるのをまっていたら日が暮れそうである。基本的には予約専用で家族や団体向きである。料金は一回入浴料200B(何人でも)だそうである。尚、リゾート自体に温泉の看板(タイ語)があるのだが、それまでに案内の標識などないので発見するのは難しいかも。
 僕が入浴したのはもう1件の方だった。こっちはさらに発見が難しく、まず知っていないと発見できないと思われる。道路から少し入っただけの場所なのだが、朽ち果てたタイ語の看板があるだけで、更に木の枝に隠れて見えない始末である。ジャングルの中にあるリゾート風の建物といった感じで、向かいに個室の浴槽が8室ほど並んでいる。オーナーと思われるおばさんはまさか客が来るとは思ってなかったのか、あわてて身支度をして出てきた。
 お湯は少し硫黄の匂いのする湯質で、こちらも源泉と源泉を冷ましたものとをミックスして温度を調整している。そして同様にタオルを貸してくれるので便利である。が、本題は入浴料である。価格設定はご丁寧に特注のポスターに印刷されていた。その価格は①少し熱い②ぬるい③けっこうぬるい、と3段間で決まっており、更にその各設定で価格の幅が10B程度ある。僕は50Bとられたのだが、結局は適当に面倒臭い加減で値段を決めている匂いがする。
 温泉に漬かった後、おばちゃん達としばらく話をしたのだが、どうもこの温泉は口コミだけで宣伝しているだけらしく、大々的に宣伝はしていないそうである。なのでここに来るほとんどの人は馴染みの客らしく、事前に電話して予約してくるらしい。つまり基本的には誰もいないのである。何といい加減な温泉なのだろうか。
 本来キャンプの予定だったが、断続的に雨が降り続くので結局日帰り旅行になってしまった。本日の走行距離800km。ロッタオご苦労様。今日訪れた温泉はどこも全く英語表記がないので、タイ語を読めないと発見できない可能性があるのでご注意下さい。 
家に着いて気が付いたのだが、実は最初に訪れたすぐ近くにもう一箇所温泉があるらしい。これは次回の宿題としよう。。
    

(田園風景の中に突如現れる看板。タイ語オンリーなので注意!)


(ソフト嫌な感じの漂うドカン風呂。覚悟するべし)


(ペッチャブーン市内に近い方の温泉。こっちは個室のみなのだ)


(源泉を案内してくれるおやじ。まわりはジャングルなのだ!)

  

Posted by VW66 at 08:34Comments(0)TrackBack(0)ワーゲン

2009年06月08日

事故りました。

 ブレーキを踏むと急激な蛇行を繰り返し、操縦不能になった。一瞬にして眼前に近づいてくる木々。記憶が走馬灯のように蘇り、お父さんお母さん先立つ不幸をお許しください。。何てものは一切なく僕の運転するシビックは木に突っ込んだのでした。
 その後僕は何をどうしたのか、大勢のタイ人に囲まれて路肩のブロックの上に座っており、迎えに来てくれた会社の先輩達に病院に担ぎこまれた。
CTスキャンや点滴を受けながら僕は漠然と記憶喪失って本当になるんだねと思っていた。うまい具合に事故前後の記憶がきれいさっぱりなくなっているのである。
しかししばらくして記憶の断片が少しづつ蘇ってきてはパズルのように組み合わさっていく。それをまとめるとこんな感じである。
①前の車を抜こうとしたけど対向車がきたのでブレーキを踏んだら蛇行して操作不能になったような。。。
②でかい赤蟻に噛まれてその痛みで目が覚めどこかに電話したような。。。
③ダッシュボードやインパネ周りから煙がもくもくと車内に流れ込んできていたけど、もう僕ダメって諦めたような。。。
④誰かが僕を引きずり出してくれたような。。。
⑤その直後車が火を吹いていたような。。。

総合的に推理すればどうやら事故ったけど何とか生きているらしい。頭全体がたんこぶになっていてあちこち痛い。首はこれをムチウチっていうんだねと納得するくらいムチウチになっていた。幸い数日で復帰したのだが、事故現場の写真を見てびっくり。フロントがぐしゃぐしゃなのは分かるがなぜか後ろもべっこりとへこんでいる。おそらく木と正面衝突した後に車が反転して後ろ側を更に木で思いっきり打ちつけたらしい。車だけ見たら絶対乗ってた人死んでるって思うくらいに。
尚、この数日後に警察署に出頭し、暴走運転で1000Bの罰金を徴収されました。救助して頂いた皆様のおかげで無事生きてます。ありがとうございます。


フロント大破アンド炎上。


後ろもべっこり。が、さすがHONDA。車内はへっちゃら。  

Posted by VW66 at 08:28Comments(3)TrackBack(0)

2009年04月06日

ナロードとブレーキ交換

 以前よりずっと気になっていたホイールとタイヤの出っ張り具合。今回ブレーキ交換をするに当たり、意を決してナロードと車高調節キットの取り付けを実行に移すことにした。僕のロッタオはEMPIスタイルの5スポークを履いているで、オフセットの関係から微妙にホイールがはみ出している。それに加えてノーマル車高のためにタイヤとフェンダーの隙間が5cmほどあり、改めて見ると非常にかっこ悪い。いつかはと思っていたけど、遂に腹をくくって実行に移すことにした。しかしこのためにベスパ90レーサーが犠牲(売っちゃった)となってしまったのである。
 いきつけのガレージにてオヤジから詳細な作業内容と見積もりを聞き出し、次の週に車を持ち込んだのである。しかし実車を見てもらった結果、ボールジョイントやらベアリングやらがすでに寿命ということですべて交換となってしまった。年末のタイ北部旅行での酷使のせいか、ブレーキシューも限界にきており、その他消耗品を含めてすべて総交換である。どうせ交換ならと、リアブレーキはストラット用のものを移植できるというのでこれを装着して少しは現代車のブレーキ力に近づける予定である。
 3日で終わる予定が2週間になってしまった事はさて置き、仕上がった車は予想通りいにいい仕上がりだった。素人が見たら何が変わったのかさっぱり分からない程度のこの微妙な感じの片側1.5インチナロード+1インチドロップ、この微妙さがいい。本当はもっと車高を下げたいところだけど、タイの道では無理である。そしてついでに4年間替えていないのでカチカチになっていたフロントタイヤを最近モデルチェンジしたホンダ・ジャズ用の175/65R/15というナロード車にもってこいのタイヤに履き替え、ぶつけてたところも再塗装してもらい、また一段と完成形に近づいたのである。
 しかし段差を越えるとガタンというどこか干渉している音が発生し、ハンドルの取り付け角度もおかしい。更にはリアドラムが触れないほどの熱を発しているので、再度調整が必要みたいである。やはり一回で完璧は無理なのだろうか。片道4時間近くの修理の旅はなかなかつらい。


(ナロード前はタイヤがフェンダーから出ているのでより車高が高く見えるのだ)


(こんな感じでナロード分真ん中をちょんぎってこんな感じにアジャスターを溶接)


(修理中にご飯休憩。意外とおいしいパッカパオ。しかし辛い)


(修理の合間にポルシェ風ホイールのゴーカートで遊ぶオヤジ。早く直して!)


(修理待ちのタイプ3カルマンのコンバチ。タイに1台?ドイツ車というよりアメ車の雰囲気)


(タイヤが内側に収まり全体的にフロントが下がったので、運転席からの眺めもかなり変わった)  

Posted by VW66 at 08:54Comments(1)TrackBack(0)ワーゲン

2009年02月24日

Modernbug.com Kaoyai Meeting

 今回はModernbug.comの集まりがあるらしく、コラートから程近いカオヤイ国立公園にてキャンプをすることになった。カオヤイは数少ないタイの世界遺産ということはさて置き、一言で言えばただのジャングルなのである。
 今回の参加台数はワーゲン8台+日本車数台ということで総勢20数名である。他の連中はバンコクからやって来るのでカオヤイ麓で待ち合わせる。しかしここ数日の猛暑のせいか、せっかくピカピカに洗車したのに土砂降りである。しかも嫌がらせの様にすぐにやむし。そして皆と合流してまずは近くのリゾートの中にある、ロッククライミングやら綱渡りやら、何やら丸いものの中に閉じ込められて超巨大滑り台から転げ落とされるアトラクションを極めるべく、いちびった豪華リゾートの中にぞろぞろと入って行く。しかしバチが当たったのか、急に雨が降り出すと共に強風のせいかすぐ近くの大木がへし折れ、僕の愛車を直撃寸前のハプニングが続出したのですぐに諦めそそくさとカオヤイ頂上を目指した。
 しかしこれからがModernbug.comの始まりなのだった。入場料を支払い、律儀に祠でお参りをしたその直後、待ってましたと言わんばかりに急激にスピードをあげてカーブを攻めるのだ。僕の車は1600ccに載せ換え+ツインキャブなのだが、ブレーキがあまり利かないので全くついていけないのである。5台ぐらいが細い道に車間1mくらいで抜きつ抜かれつなのである。まさに狂気の沙汰ではないか。しかし皆慣れているだけあって無事に頂上まで辿りついたのである。後で各車を確認したら、なるほどほとんどの車は4輪ディスクブレーキ装備なのである。中には国産軽量ホイール+レカロシートと、ビンテージ派の僕からは考えられない装備なのである。どうやらこの集まりは走り屋さん達なのである。なので68以降の1300シリーズ(安い)が多数を占め、内装はほとんど剥がされてやたらでかいタコメーターとかがついているのである。
 2軒のコテージを借り切って皆で宴会。特に何をするでもなく夜遅くまでダラダラといるだけなのだった。翌日は昼までダラダラしてからお決まりの集合写真を撮ってから解散である。バンコクチームはまた他の場所を目指してまた暴走を繰り返すのだろう。無事をお祈りします。


(Korat VW Clubのステッカーを自作しました。が日差しで端がスルメのようにめくれ始めている)


(カオヤイは山なのでひたすら山道。がメーホンソンと比べれば赤子の手を捻るようなもの)


(コテージを2軒借りきり、夕食の準備をする)


(お腹いっぱい。)


(昼間は暑いが夕方からは涼しくなっていい感じ。)


(THAIVWCLUBから参加の1台。やっぱり違うねぇ。ポルシェホイール欲しいなぁ)


(Modernbug.comのステッカーを貼ったバス。ボロボロでボロクソワーゲン)


(コテージ横に巨大な鹿?が出没。がかなりおとなしい。虎もいるらしい)


(必ずワーゲンミーティングでは故障する車がいるのである。見慣れた風景)


(お決まりの集合風景。やっぱりカラフル)
  

Posted by VW66 at 00:21Comments(6)TrackBack(0)ワーゲン

2009年02月09日

KORAT VW CLUB 結成

 THAIVWCLUBのWEBでKORAT VW CLUBが結成されるということで、レストアの完成したカメ吉さんと一緒に参加することにした。田舎のミーティングなのでそんなに集まらないだとうと思っていたが、CHONBURIとBANGKOKからの参加もあり、30数台で60人以上集まる結構大きなミーティングとなった。場所はシマタニホテルから5分程度の池の湖畔のイサーン鍋屋。17時に集合の予定なのだが道に迷ってしまい少し遅れての到着。しかしまだ来ているVWは10台程度。相変わらずのタイ風スタートである。適当に集まって適当に解散。なんだかのんびりしていて良いのか悪いのか。。
 受付で渡された登録用紙に記入して年式の見分け方みたいな本のコピーを数枚もらった。そして首には自分の名前を書いたプラカードをぶら下げて、気分はなんだかネルトンパーティー(古い。。)。ミーティングと言ってもブラブラ車を眺めて情報交換、自慢大会+食事のみである。特に何をすることもなく参加料200B以上に飲み食いをしながら夜がふけていくのを見ているだけなのだ。
 今回のKORAT VW CLUB結成ミーティングのメインは会員登録とクラブロゴの決定である。数種類のロゴで多数決を取ってから決めるのだが、年齢層が高い(50~60代もポロポロ参加している)ので、超無難なロゴに決定。花瓶のロゴが良かったのに何せ大勢に無勢。その後バンコクから来る途中にタイヤが外れちゃって一大事のバンコク勢も参加し、出来上がったばっかりのTHAIVWCLUBのTシャツを購入して帰宅となった。後で聞いた話では1人200Bしかとってなかったので4000B近い赤字だったそうである。主催者さんごめんなさい。食べすぎました。


(カメ吉さんと参加。集合時間になってもほとんど集まらないのはなぜ?)


(以前イベントで見かけたヘッブミューラー。がよくみるとスプリットベースの自作車だった。)


(ワンオフで作ったステンレスのルーフキャリア。欲しい)


(ワンオフで作ったお尻マフラー。欲しくない)


(皆でお互いの車を見てチェック。田舎なのであまりいじくってる車がないのだ)


(最終的には30台以上集まった。どうやら毎月ミーティングを開くらしい)


(ミーティング風景。年齢層高すぎ。写真右の爺さんがいきつけの車屋。大丈夫か?)


(ミーティングで貸切の店内。意外とおしゃれなお店。また行こう)


(力ずくで出没する象。象の尻尾にもランプが。これが本当のテールランプだったのかと納得)


(結局このロゴに決定してしまった。反抗して他のロゴを自作してやろうと企み中)


(こっちの方が良かったなぁ。)  

Posted by VW66 at 14:51Comments(5)TrackBack(0)ワーゲン

2009年01月04日

タイ北部温泉旅行

 初日:2008年12月28日午前4時。僕は能天気にも愛車の1966年式ビートルと共にタイ北部の温泉巡りへの旅へと出発した。どんなに辛く切ない旅になろうとは露知らず。。
 最近の僕のロッタオ(タイではビートルの事をロッタオ(亀の車)と呼ぶので以後ロッタオと呼びます)は毎日会社への通勤に使っているせいか、すこぶる調子が良いのでこの旅を決行することにしたのである。ただひとつだけの気がかりは、サイドブレーキが気持ち普段の位置よりも上がりすぎることだけだったが、走りに直接影響する事ではないのでそのまま修理することなく出発したのである。
 バイクで同じ方角へ向かうカメ吉さんとSさん(共にマラソン仲間でカメラ好き)とは、その内どこかで会いましょうという自由気ままスタイルだけど、全くの一人旅にはならない分何だかとても心強いのである。
 コラートを出発してから約2時間、なだらかな山道をスイスイと駆け抜けて、チャイヤプームという町に到着した。しかしこのあたりから何故か突発的にエンジンが吹けなくなるという症状が発生しはじめた。しかし何度か空ぶかしをしているとすぐに直るので、特に気にせず山道を再び飛ばして行った。今日の目的地は世界遺産スコータイであり、観光するためには昼すぎには到着したいのだ。
 朝7時ごろに出発したカメ吉さんのCB1300の追従を振り切るために少し無理をしすぎたのか、カムペーンペットの町中で完全にエンジンが吹けなくなり、しまいにはエンジンすら掛からなくなってしまった。症状からしておそらく点火系。路肩もほとんどない林道のカーブ出口で修理するのはリスクが高すぎるので、止まった車の中でこれからの身の振り方を考えながら躊躇していると、後ろからホンダシビックがハザードを点滅させながらロッタオの前に止まった。しかも運ちゃん(名前は忘れた)は地元の役人でロッタオ所有という何と奇遇な運命。そのまま僕とロッタオは運ちゃんの家まで3キロばかり牽引され、犯人の疑い濃厚のポイントレスキットを予備で偶然積んでいた中古のポイントに交換したところ、思ったとおり息を吹き返した。ついでに燃料ホースとかも掃除して、兄ちゃんにはお礼にワーゲンのステッカーを手渡し、これで何とか旅が継続可能となったのである。しかし時間をかなりロスしてしまったために本日のスコータイ行きを諦め、カメ吉さんの宿泊地の温泉施設にて合流することとなったのである。
 その後カメ吉さんのインチキ電話ナビゲーションのおかげで散々迷子になったあげく、何とか辿り着いた温泉は、他に誰も宿泊客もない完全貸切状態で、いい感じに気温の下がった中で気持ちよく温泉の湯を堪能できたのである。それにしても初日からの故障・予定変更でこの先どうなることやら。。今日はテントを張り、芝生の上で野宿なのだ。ロータスで買った199Bテントが大活躍。しかし同じく199Bの家用スポンジマットは地面の冷たさを直に肌に伝えてくれるという大失敗。大失態。
(本日の走行距離約600キロ コラート~チャイヤプーム~ナコーンサワン~カムペーンペット)


(貸切温泉。稀に宿泊客が強姦されるらしい。しかも男に男が。怖っ)


(個室温泉。家に浴槽がないので久々に味わう至福の瞬間)


(朝は一面の霧に覆われる。タイのくせに寒いのだ)


(兄さんありがとう。けどなんでTAXI?)


 2日目:朝コーヒーをカメ吉さんにせびり、テントを片付け朝8時に出発し、ほどなくしてタークに到着した。本来ここからチェンマイ行きを予定していたのだが、ある事情のために敢え無くキャンセル。そのためまたまた予定を変更してカメ吉さんとSさんの向かうドーナ山脈とミャンマー国境に沿うように位置するメーソート・メーサリアン・メーホンソンコースを目指すことにしたのである。これが吉と出たのか凶と出たのかは、今となってはよく分からないが、とりあえず何も考えずに突き進んだのである。これからの道がどんなに田舎道で山道で文明から疎遠されているかも知らず。ましてやロッタオを修理できる奴がいるなんて絶対にありえないのである。故障したら自分で直すしかないのである。何もない恐怖を僕はこれからジワジワと味わうのである。もちろん携帯の電波は届かない。
 メーソートへの道はやはり登り下りカーブの連続だったが、峠の眼下には雲海が広がり、すばらしく良い景色や風景を堪能しながら僕は能天気にブイブイとロッタオを走らせていた。タイの細かい道や交差点は一切無視した地図のせいで単発的に迷子になりながらもメーソートからメーサリアンを目指してろくに休憩もせずに走り続けた。本日中には600キロほど進んでメーホンソン手前の温泉に辿り着かなければならないのである。明らかに空冷ビートルには無理な行程なのであるのだが。。
 メーサリアンまでの道は一応舗装されているのだが、何とか族とか何とか難民とかの村が点在する激田舎道をひたすら延々と消化するのみである。しばしば出てくる村の様子は藁葺きだか葉っぱ葺きだかの高床式住宅なので第一印象はまさしく弥生時代。しかしバイクや車も登場するのでハイテク弥生時代と言うべきか。
 しかしまたしても日頃の行いの悪さのせいかトラブル発生。メーソート・メーサリアン間の最大の難所(たぶん)の峠入り口でエンジンが停止してしまったのである。何度か再始動を試みるがエンジンがかかる気配もない。。。ひとまず車を傾斜にまかせてバックさせてから修理を試みる。火花が飛んでない。おそらくコイルかコンデンサーが犯人である。コイルを予備のものに交換したりうだうだと(あ~これって直らなかったどうなっちゃうんだろう~)考えていると、事もあろうに偶然バハ(オフロードバイク)に乗ったSさんが通りががり、この運命の悪戯に何だか気持ち的に余裕が生まれてきた。そしてSさんがただ見ているだけだったり、僕の苦闘する様を撮影したりする中、いろいろ配線を触っているとなぜか勝手に復活。原因が何だかよく分からないままに、今の内に行っちまえ~と峠越えに挑んだのである。
 そしてしばらくして運よく何も起こらずメーサリアンの町に到着した。この時点ですでに16時過ぎになっており、メーホンソンまでの道は夜道になること確実だった。この時にここで泊まっていればあんな事になることも。。とほほ。。
 町中でまたしてもプチ迷子になりながらもメーサリンからメーホンソン行きの道に入り、ひたすらクネクネと蛇行する山道を越えていく。途中で何度かエンジンが止まったが、ディストリビューターが原因であることを突き止め、その都度直しながら進んでいった。しかしメーホンソンまで残り50キロとなった場所で、完全にエンジンが吹けなくなった。アイドリングはするのだが、ギアを入れて進もうとすると全然エンジンが吹けずにストールしてしまう。オーバーヒートである。こうなってしまっては、エンジンが冷えるまで放置するしかない。しかし先を急ぎすぎていた僕は、そのまま無理しながらでも進む道を選択したのである。そしてその直後悲劇が起きたのである。
 エンジンの調子を見ようと外に出てドアを閉めた瞬間、僕は瞬間的に自らの血の気が引いていく音が聞こえた。エンジンをかけたままインロックしてしまったのである。今まで進んで来た数十キロには全く民家はなかった。そしてこれから先数十キロも何もないだろう。もちろん携帯も通じない。街灯も全くない激山道で僕は自分の愚かさに打ち震えていた。アイドリングだけは立派な音を立てるロッタオの排気音だけが深い深い闇にこだまし、そんな僕はしばらく立ち尽くしていた。夜空を見上げると星がものすごい近くに感じて怖いほどの暗闇が広がっていた。あぁ僕のバカぁと大声で叫びたい。
 しかしフル回転させた僕の頭に名案が浮かび、自分でキーレスの配線をしたからこそ解決できる方法にてこの最大のピンチを乗り越えたのである。やはり僕はやればできる子なのだ。しかしオーバーヒートはどうしよう。もはや他力本願作戦の実行しかあるまい。そしてまんまと通りがかったトヨタのビオス。ハザードを点滅させて手を振るとすぐに止まってくれた。さすがタイ人はやさしい。止まってくれたのは何とTITVのディレクターカップルだった。そして得意の牽引作戦の実行だ。しかし激しい登り下りの連続で牽引される側はものすごい精神力が要求されることを僕は初めて学んだ。牽引ロープを緩ませないために下りではずっとブレーキをかけてなければならず、途中からはバッテリーも切れてしまい無灯火での牽引になった。ビオスのハザードランプの点滅がその度に脳みそを直撃して途中からは何が何だかよく分からない状態に入っていた。2時間以上牽引してもらい、目的の温泉に着いたころには、すでにカメ吉さんSさんともに就寝モードに入っていた。お世話になったカップルには途中の山岳民族から仕入れた大量のりんごを手土産として渡し、僕はタイで1、2を争うと言われる温泉水を堪能して(かなり硫黄臭い)、明日の修理に備えてテントを張って睡眠に落ちたのである。
(本日の走行距離約600キロ カムペーンペット~ターク~メーソート~メーサリアン~メーホンソン)


(眼下に広がる雲海。生まれて初めてみる風景に満足)


(峠の入り口で整備書を見ながら修理する僕とSさん。青空がまぶしい)


(何だかよく分からないけど、インスピレーションの赴くままに)


(命の恩人のカップル。お幸せに!)


 3日目:今日の目的は1)車修理 2)首長族 3)鍾乳洞 4)パイ到着である。朝5時に起きてからすべてのメンテナンスを行い、タイ人達の協力を得ながら無事修理を完了し、完全復活を果たしたのである。カメ吉さんとSさんとはここでお別れ。それぞれ自由気ままなのだ。
 まずこのロッタオでのメーホンソン入りを記念して(自力だけじゃないけど)、商工会議所で1867カーブを越えてきた超人証明書みたいなのを発行してもらい、ロッタオの勲章とする。やはり空冷ワーゲンでここに来る事が信じられないらしく、様々な人々からキチガイを見るような視線を感じる。
 そして今回の旅の目的の1つである首長族へのコンタクト。これは難なく遂行できるはずだったが、またしても迷子になり(実は首長族の村はあちこちに点在しており、道を聞く場所によってはいろんな方向を指してくるので、迂闊に信じていたために泥沼にはまってしまったのである)、そのせいなのかバックしてる時に脱輪騒ぎまで発生させてしまい、自分の力の儚さにただただ打ち震えるだけだった。 しばらくして首長族の村に辿り着いたが、そこは完全に観光地化されており、そこの入り口の売店の配置はなぜか僕の地元の有名なお寺を思い出させた。とりあえずその首長族のアイドルみたいなお姉ちゃんの店でお土産を買ったのだが、これがなかなかかわゆく、本当に首長族なのか疑わしい。もしかしてアルバイト?後日カメ吉さんにその写真を見せたらやっぱりカメ吉さんも同じ女の子の写真を撮っていることが判明。さすが。
 そして次なる目的地の鍾乳洞を目指した。実は大して興味ないのだが、せっかく来たんだしということでついでに立ち寄ったのである。しかしここまでの道が半端ではなかった。行きは反対ルートから来た上に牽引されてきたので実感しなかったが、メーホンソンからパイまでの道は証明書を発行するだけあり、とてつもなく激しい峠の連続なのだった。
 基本的には今まで同様に登り下りカーブなのだが、このルートでは坂の角度とカーブの角度が段違いなのである。ローギヤじゃないと上れない登り、連続ヘアピンカーブが次から次へと登場し、ロッタオ危機一髪なのである。
 最大のピンチはやはり最大の難所で訪れた。峠の登りを登り切った瞬間、スキーの直滑降を連想させるスーパー下り道、もはやジェットコースター状態であり、プラスいきないヘアピンカーブなのである。殺人カーブである。案の定、勢いよく登ってきた4駆が止まりきれずに山に突き刺さっていた。一応道路標識で危険なカーブとあるのだが、ほとんどのカーブに同じ標識がつけられているので慣れてしまって誰も気にしないだろう。
 そこの第一カーブは何とか凌いだロッタオだが、眼下には数回続くと思われる超下り+ヘアピンカーブ。ブレーキの多用でブレーキ力が弱まっていたために一旦止まろうとするが半端じゃない下りに止まれない。サイドブレーキで止まろうとサイドブレーキを引いたその時、追い討ちをかけるようにバキッと音をたてて壊れるサイドブレーキ。このコンボプレイに瞬間的に意識が朦朧としたが、そのままローギアのまま下り始めた。アクセルを踏んでないのにローギアで40キロくらいまで加速してしまう鬼下りに寿命を縮めながらも、かろうじて防ぎきり、ロッタオを見て不思議な顔をしていたメーホンソンの人達の気持ちが分かった。ここはロッタオで来る場所ではないのである。
 その後ちょこまかと休憩しながら鍾乳洞に辿り着き、1人では高いので3人連れのタイ人に紛れこみツアーに参加する。鍾乳洞内に川が流れる神秘的な洞窟である。いかだで川を行くのだが、タイならではの力技で、人が川の中に入っていかだを押すのである。こんな寒い中で。感想としては良い鍾乳洞だった、という感じ。以上。
 そして後は宿泊地のパイを目指すだけだが、パイ手前5キロ地点でまたしてもオーバーヒート。しかしひーこら言いながら(ロッタオが)辿り着いたパイではあるが、予想に反して激しく栄えている街。カオサン以上の人ごみ+おしゃれなバーやショップが軒を連ね、数本の通りが歩行者天国となっている。年末だからこの人なのだろうが、半端じゃない人の数に、田舎から出てきたばかりの僕は完全にあっけにとられてしまい、買い物をすることもないまま人里離れたキャンプ場でテントでの野宿を強要されたのである。あまりの観光客の多さにどこもホテルが空いてなかったのだ。今夜はゆっくりホテルで寝ようと思っていなのに。しかもメーホンソン以上のこの寒さ。ロータスの199B寝袋ではまったく何の意味を成さない。こんなことならもっといい奴を買えばよかったと後悔しながら僕は眠りについた。
(本日の走行距離約250キロ メーホンソン~パイ)


(ギター弾きと首長おばさんの1シーン。完全にテーマパーク化している)


(首長族のアイドル?自分の写真グッズを販売中)


(電波が届かないのに携帯を持ってるガキども)


(こんな山々を越えてきたのよ。もう二度とロッタオで越えることはないだろうと胸に誓う)


(鬼下りにビビりながらも懸命にシャッターを切る僕。)


(洞窟内に川が流れる鍾乳洞。たぶん凄いんだろうけど、あまり興奮しない僕。大人になってしまった)


(おっぱい鍾乳石。これには興奮)


(歩行者天国に乱入。が行く手を阻まれ立ち往生。いつの間にか記念撮影用となる)


(若者バイカー軍団の脇にテントを張る。悪そうだがテント張りを手伝ってくれるいい奴ら)


 4日目:朝7時に寒さで目を覚まし、近くのガソリンスタンドでまたしても偶然に出会ったSさんから温泉情報を仕入れた僕は、すぐさまパイ近郊の温泉へと向かった。一押しは観光名所の鉄の橋のふもとのドカン風呂だそう。しかし実際に見てみると、何十人も観光客がいるすぐ真下に放置されているドカンに水を溜めただけみたいなものが5個ほど並んでいるだけ。こんな温泉なのかどうなのか見当もつかないものに、みんなの見世物になりながら入浴できる人はそうそういないだろう。夜ならまだしも、今の僕にはそこに入る勇気はなかった。Sさん紹介してくれたのにごめんなさい。次回の宿題とします。
 そしてそこからすぐ脇に入り、しばらく進んだところにある温泉キャンプ場に入った。ここは入場料金(外人料金)200Bをとる結構ちゃんとした天然温泉施設だった。知らん振りして入っていったらお金を請求されなかったのでラッキー(尚、首長族の村入り口でも入場料を踏み倒している)。ここには源泉が湧き出しており、そこで温泉卵を作ったりできるし、川の水が混ざって天然川温泉となったところでも入浴もできる。自然満点の中での入浴。なんて贅沢なんだろう。とても気にいってしまったのである。次回はここで宿泊だね。
 そして次なる温泉を目指した。インターネットで調べた情報では入場料金をここでも200Bやら400B取られるらしい。しかしタイ人に成りすまし、20Bで入場することに成功した。ここでも上記温泉同様、ボコボコと湧き出す源泉あり、天然川温泉ありだった。だがこちらの方が宿泊施設・キャンプ施設も充実しており、温泉もプールみたいなところで入れるので全然楽しい。しかもキャンプ場にはいろんな屋台が出ているのでキャンプするにはこちらの方が楽しいと思う。案内所もあるので、ここで携帯充電やカップ麺・コーヒーの販売もしていた。もちろん僕もここでキャンプを行ったのだが、昨日同様に激しい寒さのためにほとんど寝ることができなかった。ほんとはテントでの野宿は1~2回だけの予定だったのに。それにしても照明を持ってきてないので日が暮れると同時に寝るしかないって一体。ここで僕は生涯で一番寒くて悲しい年越しを経験した。
(本日の走行距離約150キロ パイ周辺)


(困った時に現れるSさん。何なんだろうこの奇妙な偶然性って)


(この意味不明な浴槽が観光客満載の橋の真下にある。普通入れる?)


(もくもくと舞い上がる湯気。温泉魂をくすぐる場面)


(天然温泉でいちゃくつくカップを盗撮。やっぱりタイ人は服を来たまま入浴なのだ)


(メーホンソンでも出会った自作バイクにのる若者。溶接部分がへし折れない事を祈ります)


(基本的には足浴。が、僕は全身浴を決行。水はヌルヌルととてもグッド)


(キャンプ場での一コマ。木洩れ日がグッド)


(エンジン休憩を兼ねて。ハンモック持ってきて正解)


(峠の休憩所にて。何とか族とロッタオとの1場面。こんなとこまで来ちゃった)


 5日目:あまりの寒さでほとんど眠れなかった僕は、午前3時30分に起きてテントを片付け、初日の出を拝むための場所を探した。一番いいのはパイ周辺の峠だが、あの道を再び登るのは絶対嫌。という訳でデタラメタイ地図に出ていたチェンダオ付近の「絶景:雲海の中の島」と書かれている場所を目指した。雲海の中の島。たぶん雲海が見える景色のいい峠かなんかだろうと勝手に考えて出発したのである。しかし実はただ霧が異常に深いだけの場所という事を知ったときには時すでに遅し。適当な場所で初日の出を拝むはめになったのである。
 その後朝風呂に入るためにチェンマイ近郊のサムカムペーン近くの温泉に向かった。ルンルアンという温泉に入ったのだが、源泉は公園内でポンプで強制的に間欠泉のように噴出さされており、温泉リゾートという趣である。しかし温泉自体は個室にバスタブがあるだけなので、昨日の天然自然温泉と比べるとまったく趣にかける。温泉水自体はヌメっとした硫黄臭さのある水で効能はよさそうなのだが、何だかむなしいのは気のせいだろうか。メーホンソンの温泉も同じだったのだが。
 その後チェンマイで買い物をしてから今日の宿泊地スコータイを目指した。しかし選んだ道がまずかった。またしても夜道で山道である。しかも山賊がいそうな山で、すれ違う車もほとんどない。ここで故障したらまずいなぁと内心ドキドキしなかがらの数時間のドライブの末、何台かバイクをはねそうになりながらも(田舎の奴らはなぜいきない飛び出してくるのだろう。誰も後ろを見ないのはなぜ?)、無事スコータイに到着し、ガイドブックにあったTRゲストハウスという宿に泊まることにした。5泊目にしてやっと普通の宿に泊まれるのである。そこには当たり前だが快適な空間があった。ここは駐車場完備で清潔でお勧め。ネット無料だし。
(本日の走行距離約400キロ パイ近郊~チェンダオ~チェンマイ~ランパーン~シーサッチャナライ~スコータイ)


(気ままにキャンプ。199Bのテントはここでも大活躍。夜露は漏らないし)


(霧の中にすっぽりと覆われる町。10m先も見えません)


(2009年初日の出。今年もいいことありますように!)


(やっぱりロッタオは絵になると思う)


(趣きのない浴室。硫黄の匂いいっぱいのお湯はものすごい勢いで流れ出る)


 6日目:今日は終日スコータイ観光と溜まった疲れを癒す(実はボーっとするだけ)だけだ。今回の旅は実は各地で温泉に漬かったりボケーっとするのが最大の目的だったのだが、長距離移動と故障でまったく実現できてなかったのだ。しかもテントばかりで夜は寝るだけ!本も読めないのだ。
 朝はゆっくり起きてからスコータイの遺跡群を目指した。スコータイの街から遺跡群は10キロ程度はなれており、その辺りにレンガでできた遺跡がちらほらと点在している。ミャンマーのバガン遺跡を見た時もそうだったが、レンガでできたものがいっぱいあるとどれもこれも同じに見えてしまうのである。しかも入場料金が先月から大幅値上げしており、外国人が各区画に入るためには100Bづつ払わなければならない。場所によってはたった1つ見るだけで100Bである。そんなに価値があるとは思えないが、世界遺産価格なのだろう。タイ人は20Bなのに。という訳でタイ人の振りをして入場することに成功し各遺跡群を見学した。そして知ったのだが、ここスコータイ遺跡だけでは世界遺産ではないらしい。北のシーサッチャナライ遺跡群・南のカムペーンペット遺跡群をひっくるめて世界遺産だそう。なるほど単品でみると大したことない訳である。
 久しぶりに泊まるGHの雰囲気は懐かしく、昔を思い出させる。しかし隣で旅自慢をしている調子に乗った若者の会話がどうにも性に合わず、自分も年を取ったものだとなぜか妙に納得してしまうのである。
(本日の移動距離約50キロ スコータイ市内)


(壁に閉じ込められた仏像。僕のイメージではこれ=スコータイ)


(レンガ造りの遺跡はどうにもしっくりこない。ホントに昔からこうなのかなぁ)


(普通に撮ったらただの仏像なので魚眼でごまかし)


 7日目:ひたすらコラートを目指して帰るのみ。あせらずゆっくりと。次回の旅は的を絞ってゆっくり骨休めできる旅にしよう。
 しかしその前にサイドブレーキとディストリビューターの修理。いきつけのBPガレージにて修理。予想通りサイドブレーキワイヤーが切れており、総交換。この旅でのガソリン代以外の諸経費以上に修理代を取られるはめに。。
(本日の移動距離約900キロ)


(せっかく節約した旅だったのに!こんな落とし穴が待っているとは)  

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2008年11月17日

オーディオに走ったVW達。。

 オーディオに走ったビートル。すべてワンオフ(もちろん誰もこんなもの作ったことないので)で製作されたプラスチック部品の数々。もはや何も言うまい。


(鬼っぽいイメージ。芸術は爆発なのだろう。それにしても。。ああ。。)

(音量全開にすると息もできない。それにしてもこのスピーカーの量って一体)

(内装も気が狂いそうな配色。たぶん色盲なのでしょう)

(上に比べるとまともな気がする。Nはニックネームの頭文字だそう)

(せっかくジーンバーグのシフターを入れても、その他が全てをかき消してしまう。。)  

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2008年11月07日

VESPA90 RACER 購入

 VESPA150STD購入から約半年。エンジン絶好調・ピッカピカのままだったが、どうにもかわいいだけのこのベスパに飽きてしまった。どっかボロ+何かかっこ悪い+たまに故障=僕の好みなのか、あんまりにもうまくまとまりすぎているこのベスパは僕の好みではなかったようだった。そしてインターネットで引っかかってきたアユタヤ在住のタイ人兄ちゃんに売りさばき、次なる獲物を探すことにしたのである。このベスパを受け継いだ若者はたぶんラッキーである。おそらく3年は普通に乗れるだろう。
 そして行きつけのベスパ屋にフラッと立ち寄ったある日、偶然にもベスパ90が店頭に置いてあった。詳しく言えばVESPA90RACER。VESPA90と125プリマベラの過渡期のモデルであり、あのダミータンク搭載のレーシングモデル90SSのエンジンを受け継いだモデルなのである。ほとんど日本では見ないが、ここタイではたまに走っているという何だかよく分からないモデルなのである。70年代のモデルなので、他の車やバイク同様にどことなくかっこ悪い。が、それがいい。しかもここタイではスモールモデル用のリプロパーツがあまり出回ってないせいか、テールレンズ以外はすべてオリジナルパーツを装備していた。シュラウドカバーも90の刻印のある貴重なものが付いていた。しかしタイヤを装着したその上からサビを隠すために銀色のスプレーで塗装しましたと言わんばかりフロント周り、凹んだフロントフェンダー、やたら切れ込むハンドル等々気になる部分が満載だったが、いい暇つぶしになるだろうと、試乗もせずに即購入したのである。ああ。あの時試乗していれば。。
 家に帰るまでのドライブで、僕は気がついた。ギアが滑る、アイドリングできない。。そして家に辿りついて、ボディに貼られたでかい不思議なステッカーを恐る恐る剥がしてみると・・・。そこには塗装がなく、サビまくった地肌が。。
 そして後日一度全部ばらしてみると、どろどろのエンジン、ハンドル切れ込み量を制限するストッパーが破損、土に還る寸前のサビサビホイール等がぞくぞくと判明したのだった。ついでに全塗装してしまおうかと悩んだが、予算の都合上、とりあえず最低限のラバー類だけ交換してそのまま組み上げたのである。その後このベスパは全塗装されるのだが、それはまた次回。
 

(デカイ塗装剥れとキズを不思議なステッカーで隠すという子供騙しにひっかかった!)


(なるべくシンプルイズベスパでまとめました。)  

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2008年11月02日

TVC TRIP in BANGSEAN

 またしてもTVCのイベントが開かれるという。しかも場所は近所のバンセーンである。家から30分である。これももう行くっきゃないのである。バンコクで集合して、トールウェーを暴走してくるワーゲン軍団とアマタナコーン工業団地近くのガソリンスタンドで合流した。今回はドイツからタイのワーゲンシーンの撮影に来ているビデオカメラマンが参加しているせいか、いつも以上に台数が集まり、しかもかなりレベルが高い。かなりいじったキャルルックはもちろん、オーバルや角テールカルマンなどなど貴重な車両も数台参加しているせいか、一般のタイ人も興味深そうに見物していた。ガソリンスタンドで集合写真を撮影してからバーンセーンのレストランまでドライブ、と行きたいところだが、皆ムキになっていつも通りチキチキマシン猛レース状態なのである。レストランを半分貸し切っての食事会を開いて、いつも通りその後はそれぞれの仲間同士で遊びに行ったり、泳いだり、さっさと帰ったりして解散だ。いつも通りの車自慢大会なのだった。
 今回集まった車両のほとんどはかなり念入りにカスタムされており、改めてタイにしてはなかなかやるなと納得してしまうと共に、どうやって目立とうかと作戦を練る毎日である。しかしコラートに引っ越した現在ではなかなかすぐに参加できる状況でなくなってしまったので、時間が合えばまた参加したいと思っている最近である。


(チョンブリのガソリンスタンドで集合。さすがTVCのミーティングはレベルが高い)


(超希少な角テールカルマンまで!内装もオリジナルをキープ。うらやましい)


(今回のミーディングでナロード、ロワードNO.1の一台。ムーバーンには入れないね)


(↑と比べると車高が異常に高く、ホイールが飛び出しているようにも。。早くどうにかせねば)


(カスタムしまくりの一台。ステアリングはEMPIのディープディッシュ。欲しい。)


(来る途中でフロントガラスが割れちゃったT-3ノッチバック。ご愁傷様)  

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2008年11月02日

TVC TRIP in NAKHON PATHOM

 バンコクから転職先のチョンブリに引越ししてから間もなく、ナコーンパトムでTVCのイベントが開かれるという情報を仕入れた。今までの住所からならわずか1時間の距離だが、チョンブリからだと3時間以上はかかる距離になってしまった。朝5時に出発して集合場所のガソリンスタンドに向かったのだが、向かう途中でキャブにごみが詰まったのか、エンジンが全然ふけずに急遽修理するはめに。。皆薄情なのですでに出発してしまっており、目的地のナコーンパトムで合流することとなった。けれどこれまた途中で迷子になってしまったので結局目的のお寺での集合写真には間に合わなかった。その後にサナームチャン宮殿(ラマ6世の離宮)で合流してからその宮殿内を散策した後、近くのレストランで皆でご飯をたべて三々五々好き勝手に解散していった。好きなときに集まって、好きなときに帰る。何ともタイらしくていいかも。


(間に合わなかった集合写真。TVCのWebsiteから拝借)


(TVCの管理人所有の宣伝カー。が相当早い。160キロは出るね)


(右がタイキャルルック代表の一台。左が僕の。早く車高を落としたい。。)


(双子のビートル発見。日本車を抜きまくって暴走。止まれないくせに)  

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2008年10月25日

ワーゲンラリー in PATAYA

 タイではラリーと呼ばれる、車でのオリエンテーリングのようなものが盛んである。よく車に番号の入った大きなステッカーや、いろいろな会社名やロゴの入ったステッカーを貼りまくって集団で移動している車に出会う事があると思うが、それはラリーをやっている最中なのである。具体的には、超適当な地図を渡され、それを見ながら目的地に時間通りに辿り着けるかどうかというものである。もちろんそれだけではなく、途中に様々なゲームや、暗号を探せ、なぞなぞゲームなどがあり、常に飽きさせなように仕掛けが盛り込まれている。噂には聞いていたが、いつかは参加してみたいなぁ程度にしか思っていなかった。それが、ある日ワーゲンのみでそのラリーが開催されるという情報を入手したのだった。バンコクからパタヤまで一泊二日で、ホテル代やパーティー代、そしてTシャツなどの記念品込みで一人2300B。もちろん速攻で参加手続きをした。
 出発はなんと、VOLKS WAGEN THAILAND 本社だった。今回のラリーのメインスポンサーなのだが、他にもボッシュ、PTT等メジャーなスポンサーがついていたために、いろんな参加賞や栄養ドリンク、水やおかしなどが大量に振舞われていた。受付を済ますと2日分のオリジナルVWラリーTシャツと記念品(タイのVWオフィシャルグッズ盛りだくさん)やパン・おかしなどが配られた。そして各スポンサーのステッカーを指定場所に貼り付けて出発である。
 配られた地図の目的地を目指して、合計70台近くのワーゲンが順番に一台一台独特の排気音を奏でながらバンコクの街に消えていく様はとても爽快だ。パタヤまで数箇所チェックポイントがあり、その都度タイムを計測するのであるが、それぞれにいろんなテストがあり、例えば今まで何個の橋を通過したのかとか、道路沿いの看板でどれとどれが実際にあったのかとか、そんなの見てねえよみたいな問題ばかりである。途中の動物園では動物に関するクイズがあり、動物園内を駆けずり回りながら答えを探したりした。よくもここまでいろいろ企画するもんである。
 参加者の中で唯一僕のワーゲンがクラッチレバー破損というアクシデントに見まわれ、クラッチなしでのドライブを余儀なくされた。まったくついてない。仕方なく停車する前にはニュートラル、発進するときはギアをいれてイグニッションをON。動き出したところでギアをつないでいくという繰り返しでなんとか目的地のパタヤまで辿り着いた。奇跡である。
 しかしこれだけで終わらせないのがタイ流。その後に輪投げやくじ引きが追加され、しかもそれで順位が決まっちゃうのじゃないかというほどの高配点。今までの苦労は何だったの的な勢いである。その後はホテルの宴会ルームを貸しきってパーティと結果発表会が行われた。ここでもくじ引きが行われ、今までの点数×2とか今までの点数÷2とかもう滅茶苦茶である。結局はくじ運のみで順位が決まってしまうのである。結果僕は8位と入賞は逃したものの、好成績で終わったのである。めでたしめでたし。
 その後はミスVWコンテストや子供のダンスコンテストなんかが行われ、その後ティファニーショーと呼ばれるパタヤ名物のニューハーフショーのダンサーを数人招き、おかまオンステージの始まりだ。子供がたくさんいるにも関わらずバイブをマイクに歌って踊るだけでなく、下ネタ満載でもうやり放題。さすがタイランドだ。その後は酔っ払いのカラオケ大会やおやじのマジックショー、残りの記念品のくじ引き大会などで幕を閉じた。
 翌日は朝からホテル前を出発してからパタヤの街を凱旋。先頭はパトカー。パトカーまで買収して先導させ、各交差点は封鎖してしまう。金を出せばなんでもしてくれる警察。とてもたのもしいものである。その後は締めなのか何なのか分からないが、老人ホームのようなところを訪問してから老人の出し物を見学したあと、参加料から捻出したお金でプレゼントを贈って終了だった。めまぐるしい出し物の連続で驚くほど楽しかったVWラリー。また次も参加したいなと思っているが、一向に開催される気配がない。後で聞いたら相当の赤字だったらしく、もう誰もやりたくないらしい。。


(VOLKS WAGEN THAILAND がメインスポンサーなのだ)


(動物に関するクイズも。動物園中を答えを求め彷徨うのみ。)


(Bangkok Classic VW No.3でグランプリに輝いたカルマンギア。ポルシェボクスターホイールが目印)


(途中でクラッチ部品が破損。メカニックに即修理を依頼。修理代はビール一本)


(へし折れたクラッチレバー。普通折れるか?)


(パタヤの海とミニチュアのようなワーゲン達)


(出張ティファニーショーでの1コマ。バイブレーターをマイクにして歌っていたオカマ)


(各受賞者達。おしくも8位で入賞ならず。次回こそはと思いながら、未だに開催されず)


(パタヤ行進の出発式。真ん中の車、タイ丸出し)


(パタヤ市街に渋滞を巻き起こしながら行進するワーゲン部隊)  

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2008年10月23日

再びスプリントベローチェ塗装

 自家塗装で小汚くなってしまった僕のスプリントベローチェ。デコボコのボディに安っぽい黒の塗装。すっかりゴキブリベスパに成り下がってしまっていた。それに業を煮やした僕は、雨季が上がるのを待って再び全塗装に踏み切ったのだった。今回もなるべくオリジナルというコンセプトは同じで、色は150GLの純正色のアイボリーに決定した。シートもWシートに変更して、メーターも奮発してオリジナルのピアジオメーターを入手した。
 半日がかりでエンジン以外をばらばらにして、塗装部品はそのまま偶然発見したベスパ専門の塗装屋に持って行き、待つこと1ヶ月。ピカピカに塗装されたボディは期待以上の輝きを放っていた。しかしすべての穴をパテで埋められてしまっていたので、フロアーのレールを取り付けるのに相当苦労した。
 今回は2回目ということもあり、サクサクと組み立てて、ついでにクラッチ交換もして(インドクラッチ板なのでポン付けできず、ひたすらヤスリで研磨)、三日間で完成した。ベスパパーツ屋の最新作のULMA風リアキャリにドイツ製のオレンジ色のカウルミラーを装着した新車となった僕のベスパは、クラシカルなカラーに台形の角目ヘッドライトはやけに似合い、現在に至るまでこのままの形で乗り継いでいるのである。今回は日本から持って帰ってきたスモールボディ用のウインカーキットをハンドル横に取り付けて、タイ唯一のハンドルウインカー付きスプリントが完成したのである。
 コンセプトはイタリアのおっさん仕様なのであるが、前回はスプリント前期モデル仕様だったが、今回は後期仕様である。素人にはさっぱり分からないと思うけど、いろいろと違いがあり、ピアジオマークが四角→六角、ロゴがVESPA S→VESPA SPRINT等々微妙に違うのである。今回は入手したメーターが後期モデル用だったために後期モデルにしたのである。
 
 塗装してからかれこれ2年近くが経過し、相変わらず通勤に使用しているのですでに色が変色し、どんどん黄ばんでいるので年明け早々にも再度お色直しが必要かも。今度は緑かなぁ。


(ワーゲンと150STDとお色直ししたスプリント!左から41歳、43歳、38歳で合計122歳)  

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2008年10月23日

Bangkok VW Classic No.3 に参加

 昨年2月にタイ国内最大のVWイベントがファッションアイランドで開催された。タイ最大といってもたかが知れているのだが、参加台数200台弱の空冷ワーゲンをはじめ、水冷ワーゲンなんかも混じって何だか結構盛り上がっていた。NO.3と銘打っているのだから今回で3回目なのだろうが、僕は今回が始めての参加だった。もちろん日本人は僕一人。
ファッションアイランドという新しくできた遊園地が会場だったのだが、このイベントからかれこれ1年半以上が経とうという現在でも、観覧車や絶叫マシーンが動いていることを見たことがないという不思議な場所だった。
 ショーカーコーナーとフリーマーケットが会場内、その他の車は駐車場に自慢の車を並べてお互いの車の見てカスタムの参考にしたり、いろいろ情報交換をしたりする何ともいい感じの雰囲気だった。フリマではいっぱい欲しいものがあるのだが、万年貧乏の僕はただ指をくわえて見るだけなのである。意外にもBRMやスプリントスターなどのFLAT4ホイールも販売され、想像以上にいろんな物が入手可能である。
 基本的にはただ車を並べて車自慢、車談義、部品の物色がメインなのだが、いろいろイベントも催されていて、ワーゲンジムカーナ大会や車を押して50m競争やバンドなんかもイベントを盛り上げていた。僕にはさっぱり分からなかったがいろんな芸能人も見物に来ていたりしていた。
 そしてこの時はじめて知ったのだが、THAI VW CLUB(TVC)という空冷ワーゲンのクラブが存在しており、ここにはかなりレベルの高いビンテージカーばかりが集まり、タイのワーゲンカルチャーを牽引していた。この後このTVCのイベントにちょこちょこ参加したのだが、この中でもキャルルックチームがあり、これに加盟することを目論んでいるのだが、アメリカのキャルルックの生みの親のDKPを強烈に意識しているらしく、加盟するには細かなルールが存在している。僕のビートルは車高がノーマルなので、今のところ加盟することができないでいるのである。いつか車高落とし+ナロードして加盟してやろうというのがここ最近の悪巧みである。


(観覧車とアーリーバス。とっても絵になるのだ。ほ、欲しい)


(タイでは貴重なアーリーバス。フロントがVの字なので、ナーウィーと呼ばれてます)


(ワーゲンでジムカーナ。僕の車はオイル漏れ中なので参加できず)


(オートメーターが社外についているTAXIワーゲン。目立った者勝ち)


(TVCの車両。ホイールが僕と同じなので勝手にライバル視してます)


(幻のヘッブミューラー??本物なのか?)


(このイベントでは僕のワーゲンはその他の1台と成り下がってしまっていた。。)  

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2008年10月12日

ランブレッタ売却とベスパ150STD購入

 ランブレッタLi-2。購入したは良いことの、購入して家に辿り着く前にエンジントラブルで即入院。その後も入退院を繰り返したあげく、やっかいものということで家の置物になっていたのである。ある日、突発的にこいつを売って他のスクーターを買おうという衝動に駆られ、すぐにインターネット上で売りに出したのである。そしてひっかかったのは、坊ちゃんタイ人だった。現車を見るためにおやじのベンツでやってきたそいつは、その場で購入を決意したはいいことの、20歳を越えているというのにお母さんに「買ってもいい?じゃあお金振り込んでね」と電話で許可をとっていた。学生の頃、車やバイクを買うために必死にバイトしていた僕にとっては何とも許せない野郎である。そんな奴にはボロを売りつけてやるのが一番である。どうせ自分で稼いだ金じゃないんだから。
 そしてまとまった金が手に入った僕は、次に買うスクーターの選定にはいった。欲しいのはベスパ160GSなのだが、まったく手が出ない。予算は75000Bまでなので、ボロであればベスパ180SSや57~59年式のベスパ150STD、ランブレッタのスリムライン(SXシリーズ)なんかも買えるのだが、やっぱりピカピカでレストア済みのスクーターに乗りたい。ボロを買って修理の連続はもうコリゴリなのである。という訳で、レストア済みで購入できる機種として、予算的にはキリギリなのだが、下記の機種が候補に上がったのである。

1・ベスパ150GL(角目のスプリントと似ているが、ボディが丸みを帯びており、マニア好み)
2.59年~64年のベスパ150STD(タイで若者に大人気の機種。比較的入手が簡単)
3.スモールフラップのベスパ90(エンジン横のフタが小さいのは希少なのである)

しかしベスパ150GLはタイでの存在個体数が極端に少ない上に、スプリントを板金技術で150GLに仕立てているものが大半で、いまいち信用できない。ベスパ90はやはり遅いし、部品の入手に難がある。というわけで一番問題なさそうでかわいいベスパ150STDに決定したのである。
 本当の名前はベスパ150なのだが、ベスパ150という名前は歴代の150ccの標準モデルについていた名称なのだが、スワンネック後のベスパ150は総称として150STDと呼ばれる。タイでは1956~1958年までが58(ハーペーッ)、1659年~1964年までが64(ホックシー)と呼ばれており、58はエンジンの構造やハンドル、メーター、ボディの曲線美が64とは全然違い、もちろん58の方が高価で希少である。タイの相場では登録付きだとかなりのボロでも80000B~である。これをレストアし、欠品を探して購入するとなると120000B以上になってしまうのである。特にエンジン関係の部品はイタリア等から輸入しなければいけないのでエンジンを64用のものに積み替えている車体も多数存在するのである。
 64も毎年のようにマイナーチェンジをしているのでボディーリアの形状やギアが3速だったりと各年代で仕様が違う。以前のブログで記載したとおり、この64はタイでは一番一般的と言ってもより機種であるのだが、実際の64の台数は少なく、大半がスプリント改造64かインドパジャジである。本物の64であれば、登録付きボロで70000B~が相場である。スプリント改造64であればレストア済みで65000B~、パジャジは55000B~程度である。見分け方については、スプリント改造64については外観からではほとんど分からない。ただひとつの目安として、ハンドルのギア表示部分がメッキの新しいものであれば改造64である可能性が高い。オリジナルはアルミなのである。ただ、オリジナル車でも消耗してリプロに変えてある場合が多いので一概にはそうとも言えない。それ以外には、オリジナルのこだわり車であれば、おそらくオリジナルのピアジオメーターにSIEMのオリジナルヘッドライトがついている可能性が高い。改造車の場合は、オリジナルメーターとオリジナルライトの入手が難しく高価(2つで5000B以上)なのでリプロ品をつけている事が多いのでそれも判断基準になるかもしれない。
 完全に見極めたいのであれば、①車体番号・エンジン番号の確認②シート下の補強部分の形③ボディサイドの補強リブの形④ハンドル下のボディの配線が通る穴の形 等で判別できるのだが、③④は板金で修正していることが多いので参考まで。尚パジャジの場合はエンジンにパジャジマークがあるのですぐに分かります。ただボディに関しては、パジャジも64モデルがあるので車体番号以外では判別できないと思われます。
 と前置きが長くなったが、僕も一応オリジナル150STDを購入することにしたのである。しかし上記の通り、僕の予算ではレストア済みの150STDは買えないのである。そしていきつけのベスパ屋の兄ちゃんとの相談の結果、ボディは本物の150STDだけどエンジンは65年式のスプリントのものが一台あるのだが、それであれば友達価格で何とか予算内に収まるという。64とスプリントのエンジンはほとんど同じなので、まーそれくらいいいだろうということで購入を決定したのである。
 色は160GSの純正ホワイトにしようか150GSの純正シルバーにしようか迷いに迷ったあげく、汚れても目立たないシルバーに決定した。そして150GSカラーに決定してしまった都合上、どうしても150GSに近づけたくなってしまう僕なのだった。エンジンはスプリントという中途半端な150STDなので、どうせなら普通と違う一台にしてしまおうと、基本的なイメージは150GSVS1なので、同じようにフロントとサイドカウルをパテ埋めして滑らかにし、シートはWシートに鋲打ちを施した。それに加えて日本から取り寄せたスモールボディ用のウインカースイッチを増設し、最初にベスパを買った店が試作で作ったジャグテールコピーを強引に購入してウインカー仕様にしたのである(ベスパはラリー(仕向け地による)やスモールボディ等の一部のモデルにしかウインカーはついていないのだ。)。そしてついでにULMAバンパー(リプロ)とULMAホイールキャップ(本物)、メタルプラストのシェルミラー(リプロ)を取り付けて完成したのだった。(ULMAやメタルプラストは当時の代表的なオプションパーツメーカーです)
 もちろんエンジンは完全オーバーホールされているので新車同様の乗り心地。スプリントベローチェやランブレッタと違い、このモデルはタイヤが8インチのためにブレーキが非常に効かない。ブレーキシューをドラムにすべて当たるように調節したり、シューにスリットを入れたりするのだが、とてもブレーキだけでは急ブレーキはできない。エンジンブレーキを併用しなければすぐにロックしてしまうのである。前輪に至っては自転車同様である。しかしこのベスパはとてもかわいく、シルバーのカラーも何だか近未来的なイメージで大満足なのだった。
 

(ぴっかぴかの150STD。なんだか近未来的なイメージ。タイヤは8インチなのでブレーキ効きません)


(あまりに綺麗なのでポストカードにしてみました)  

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2008年10月10日

ホンダC70購入

 数年前からタイでクラシックブームである。クラシックカーの雑誌も各種発売され(もちろんタイ語オンリー)、情報の少なかった旧車が誰でも手軽に手に入れられて、カスタムできる時代が到来したのである。バンコク某所にも旧車市が毎週土曜日に開催され(以前は中華街で細々とやっていたのだが)、どんどん盛り上がっていくのである。そんな中でもっとも手軽に旧車が味わえる単車がある。そう、カブである。タイでは昔からカブが日本から輸入されたり、現地生産を行い、庶民の足となっていた背景があるので、簡単に入手可能で修理がどこの店でもできる利点がある。そしてここ近年のクラシックブームによるリプロパーツの出現で、今まで貧乏人の乗り物が、若者にとって手軽にクラシック気分やカスタムを味わえる単車となっているのである。
 旧車市で超手軽に、しかも安く部品が手に入る事を知った僕は、このカブを購入することを決意したのであった。ベスパとランブレッタを所有していたので、これは彼女用ということで購入に踏み切ったのである。元々日本でこのC70よりももっと古い初期型のC105に乗っていた僕は、やはり初期型に憧れるのだが、僕が乗るわけじゃないのでより乗りやすいC70になったのである。それにしてもカブと聞くと、C105で車につっこんで大破した思い出が苦々しく思い出される。
 聞き込み調査とインターネットの情報から、レストアしたC70の値段が25000~18000B程度という事が判明したので、まずは店探しである。いきつけのベスパ屋でもC70を扱っているのだが、値段が高い。結局インターネット上でオーダーで作りますというのを見つけたので、まずはそいつの家を訪ねることにした。そこは普通の民家で、趣味というか小遣い稼ぎにC70のレストアを行っているらしい。ほんとは田舎からボロカブを5000B程度で仕入れてきて、バラバラにしてからエンジンは近所のバイク屋、塗装も近所の塗装屋でやったものを、リプロパーツで組んでおしまいというカラクリなのだが。
 もちろんオーダーなので、色・パーツすべてオーダー可能なのである。登録付きのレストア車両に希望通りのカスタムパーツで18000B也。その時は安いとこを見つけたと喜んでいたのである。それが失敗だったと気づくのはしばらく先なのだが。
 注文から1ヶ月後にそのC70はやってきた。意外としっかり仕上がっていたので満足していた。しかしキャブまでリプロのB級品が取り付けられていたこともあり、調子は最悪。スピードも50キロしかでない。しかも始動性最悪。今回も掴まされたのである。しかも無理矢理やりたい放題に組んだホイールのリム。これが超サビ安く、雨の日になんて乗れやしない。という訳で僕の所有欲を全く満たしてくれないので、このカブは一ヶ月も我が家にはおらず、すぐに売られていったのである。買った値段と同じ値段で。サヨウナラ~。
 C70を購入をお考えの人は、必ずキャブ・メーターがオリジナルか確認してから買った方が良いです。見た目だけのリプロ品はやめた方がいいです。粗悪なので錆びるし、見た目も安っぽくなります。メッキ品はほとんどプラスチックにメッキです。ホイールは高い値段だしてもステンレスのものにしましょう。一番いいのはボロのオリジナルC70を安く買ってきて自分で仕上げることですね。


(おまけでつけてくれた日章旗。今から見ると恥ずかしい単車だこと)  

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2008年10月05日

VESPA スプリントベローチェを素人塗装

 どんどん黄ばんでいく僕のスプリントベローチェ。そしてスタンドを跳ね上げる際の衝撃でボディにヒビが入りそこから進行している錆。僕はこのベスパを自らの手でレストアすることを決意したのだった(もちろんエンジン以外)。
 とりあえず色。何でもよかったけど、へたくそでも分かりにくい色ということで黒に決定。今までのカスタムの反動から、今回は最大限オリジナルに近づけるコンセプトで開始した。そして当初より気になっていた角目のスプリント仕様(スプリントはヘッドライトが四角で、スプリントベローチェは丸目なのだ)に変更することにした。
 スプリントはスプリントベローチェより年代が古く、基本的な構造は同じなのだが、ヘッドライト(ハンドル)の形状、テールランプ、サイドのモール、そしてエンジンの内容(スプリントは2ポートでベローチャは3ポートなのでこっちの方が早い)等が異なっている。もっと細かく言うと、スプリントでも前期型と後期型があるのだが、今回は前期型にすることにしたのだった。
 パーツリストを見ながら、どんどんバラバラに分解して行く。分解するのは意外と簡単で、基本的な工具とジャッキとドリルがあれば僕みたいな素人でも簡単に分解できる。ただ、フロアーのリベットを外すのに相当苦戦し、これだけで3時間もかかってしまった。
 分解したパーツ(ボディ、ハンドル、フロントフォーク、ホイールなど)に剥離剤をお好み焼きにソースを塗る要領でペタペタと塗ってゆく(剥離剤はその辺の金物屋で簡単に手に入ります)。そしてポコポコと浮いてきた塗装をワイヤーブラシでゴシゴシと剥がしてゆく。しかし剥離剤は超強烈なのでほんの少しでも肌に触れると強烈な痛みが襲ってきてかなり危険である。しかも強烈すぎるためか、塗装だけでなくパテまでボロボロとはがれていくのである。塗装の剥離が終了して出来上がった裸になったボディはデコボコで、いたるところが溶接された跡でいっぱいだった。こんなに正体はひどかったのね。。。
 それにパテをもっていくのだが、これが難しい。すぐに乾燥するし、なかなか削れない上にまっ平らにならない。数日を掛けてパテ盛りと研磨を繰り返すのだが、いっこうにきれいにならない。もうその頃にはどうでも良くなってきていたので、その上から黒スプレーで塗装。やっぱり下地がデコボコだと、仕上りもデコボコである。しかし早くこの泥沼から抜け出したい僕は、その適当な仕上げのまま、部品を組んで完成。のはずが、配線をボディに通したり、前輪の足回りに相当苦戦し、それからさらに1週間かかり、ようやく完成したのだった。組むにも順番があり、それを理解していなかったために、何度も2度手間、3度手間を繰り返し、そんなベスパを破壊したい衝動にかられながらも一応スプリントが完成したのである。
 結局、剥離剤、パテ、サンドペーター、スプレー等々を合計すると、店で塗装するのと大差なくなっていたのである。あ~大失敗。
 尚、部品に関してはすべてタイの部品屋で安く手に入ります。ただハンドル、ライトとメーターは値段が高く、タイ国内でもどんどん数量が少なくなっているので、欲しい人は早めに入手した方が良いです。ちなみにハンドルだけで2500B、SIEMのオリジナルのヘッドライトが2500B(新品のデッドストックで。中古だと1000~1500B)、扇形のオリジナルメーターで3000B~5000Bです。もちろんリプロは激安です。


(あまりの仕上げの汚さに、写真を撮ったのはたった2枚しかも携帯で)


(表面がデコボコ+ツヤ有と無が同居してます)  

Posted by VW66 at 14:13Comments(0)TrackBack(0)バイク

2008年10月04日

ワーゲンミーティングその2

 いきつけのワーゲン屋BPガレージ主催でタイらしくタムブン(お寺に行ってお布施をしたりすることらしい)を行うこととなった。メンバーはいつものBPガレージチームで、ラチャブリーにある超貧乏寺にタムブンをするらしい。早朝に店を出発するのだが、やはりタイなので出発時刻からパラパラと集まり、出発は1時間後だった。目的の寺までは抜きつ抜かれつのデットヒートなので、ゆっくりみんなでドライブと思っていたので面食らう。どうにもみなさん普通の車に劣等感を感じているらしく、やたらと他の日本車とかより早く走りたい様子。一台くらいぶっ壊れるかと期待していたのだが、仏のご加護なのだろう、無事にお寺に到着した。
 お寺は噂通り、超貧乏寺なので廃屋のようなお寺にピカピカの仏像があるだけで、あとは坊さんが数名。お経を聞いた後、みんなで持ち寄ったお布施をお布施封筒に入れてタムブン終了。屋根の修理代くらいにはなっただろうか。街の坊さんと森の坊さん。やっぱりより精神的なものを求める人は森なのだろうか。やっぱり修行する坊さんは山奥でなきゃ。と勝手に思う僕だった。
 その後はインチキ動物園によったり、岩山で記念撮影をして帰宅である。帰りにラチャブリー名物のこうもりの大群に遭遇し、その圧倒的な数に文字通り圧倒されて、しばらくポカーンと上空を仰ぎ見るのだった。


(やんちゃなキアン兄。チャイルドプレイのペイントに錆び錆び屋根。タイでは有名な一台)


(僕の車以外はやっぱり原色系。アメージングタイランド)


(帰り道、こうもりの大群に遭遇。数十分こうもりの列は消えないのだった。)

 そして次回のワーゲンの旅は舞台をカオヤイに移すことになる。この小旅行で僕のビートルのエンジンからオイルを撒き散らすことになるとは露知らず。
 仲良しの、ワーゲンバスで39Bバーツステーキ屋をやってるディットさんの誘いで、カオヤイにキャンプをすることになった。やっぱりタイの冬はキャンプなのである。今回はディット一家とメーオ一家との小旅行だった。出発は3台のワーゲンだったのだが、出発早々メーオさんのビートルのサスとスピンドルを固定している部分がへし折れ、ついでにフェンダーをへし割ってしまったので別の車で再出発なのだった。不吉な出発なのだった。あ~この時に気づけばよかった。この旅が不吉なことを。。
 3時間程度でカオヤイ麓に到着し、ぐんぐん山道を駆け登る。1600ccなのに1300cc用のキャブレターがくっついてる僕の車(元々は1300ccなのに、無理やりシリンダーだけ1600ccなのだ)にはやはりカオヤイの道は厳しい。エンジンをうならせながら登っていくのだが、様子がいつもと違う。エンジンがやたらと「ウォーン」と悲鳴を上げているようで、どうにもおかしい。目的のコテージに着いてエンジンルームを見てびっくり仰天。どこからともなく溢れ出ているオイル。エンジンケースに亀裂が入っているのだった。40年前の1300ccエンジンに1600ccのシリンダーをくっつけていたバチが当たったのである。もちろんエンジン分解→エンジンケース総交換なのだった。これにより僕はコレクションのカメラを売りに出すはめになったのである。あ~さよならNikon F2とNEW FM2。。タイ人の役に立っておくれ。
 帰りの道はオイルを足し足し、行きの倍の時間を掛けての帰宅なのだった。そしてしばらく僕のビートルは長期入院となり、その後にメッキでキラキラ美人エンジンとなり復活を果たすのである。


(突然壁のように立ちはだかるカオヤイの山々。ビートルにはキツイ登り坂が続く)


(バスの上で変身しそうなタイ人。夕方になるともう寒い)


(一軒まるごと貸しきったコテージ。にもかかわらずやっぱりテントを張る人たち)


(夜はステーキ屋の店主が自慢の39Bバーツステーキを振舞うのだ。久しぶりに食べたいなぁ)


(エンジンケース死亡後に見事な復活を果たしたエンジン。ツインキャブは後に取り付けました)  

Posted by VW66 at 00:38Comments(2)TrackBack(0)ワーゲン